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いかがでしょうか
投稿者:いかがでしょうか
投稿日:2011年10月28日 20:31:44 No.122001
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I P:175.184.90.23 |
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学位取得後の論文がない、 つまり一回目のポスドクとして雇用されている期間に論文がセロという方がいます。
それにも関わらず、二回目のポスドクに雇用されている方が周囲に結構います。
採用する側が、応募書類をよく読んでいない、ザルなのか? ポスドクに論文を書くことを期待していないのか? そもそもポスドク職が多すぎて、なり手がいないのか?
二回目のポスドクの場合、一回目のポスドクの時に論文がない方は、応募できないとか、それでも雇う場合は、研究員ではなく、テクニシャン、補助員という職名にすることはできないのかな?
そうすると、無為にポスドクを重ねる人もいなくなると思うのですが、 いかがでしょうか。
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Re:いかがでしょうか
投稿者:トリム
投稿日:2011年12月31日 16:06:26 No.122002 |
I P:220.144.70.185 |
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「いかがでしょうか」さんが、おっしゃるように、ポスドクとして雇うのか、テクニシャンとして雇うのかは、しっかりと何を期待して雇うのかを考えて雇う必要があるのだろうと思いますし、雇われる側も、自分に対して何が期待されているのかを意識する必要があるだろうと思います。
単純に、「手」がほしい場合や、その人のもっている特殊スキルが必要な場合であれば、それはテクニシャンとして雇うのが、その人にとっても場合によってはスキルを磨いていくチャンスになるかもしれませんし、よいことであるように思います。
しかし、ポスドクとして雇う場合であれば、それは、多分プロジェクトを行う上での知恵や知識の面での貢献を期待して雇用するものだと思いますので、最終的に、ポスドク自身の貢献分がその人の論文の形で表れるべきものなのではないかと思います。論文が出ないのであれば、それはポスドクの方の能力ややる気に問題があるのか、プロジェクトの体制に問題があったのか、その両方なのかといったことなのだろうと思います(ただ、学振のポスドクであったとすれば、それは、その人の、いろいろ含めた上での研究能力の問題なのだろうと思いますけれど)。
多分、博士課程で、論文を書くこと自体は、論文が出る流れの中に入れてもらっていれば、適切に指導を受けることで書けるようになるとは思います。ただ、博士課程修了後に、自分でそのような流れを作れるように(または作ろうとするように)指導することは、指導者側にも、それなりに気をつけるべきポイントがあるのではないだろうかと思います。
論文の生産能力の伸びで少し日本は息切れしてきているといわれておりますが、それは、博士課程で、いいテクニシャンを養成してきたけれど、いい研究者はあまり養成してこなかったということもあるのかもしれません。
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